けんちく工房邑は茨城県つくば市を拠点に、板倉工法や民家再生をとおして、自然素材による住まいを設計から施工まで請け負う、無垢の木の家をつくる地域ビルダーです。

けんちく工房邑 > コラム > 「伝統的な」立場について

コラム

「伝統的な」立場について

Fujita

 我々が日々あつかっている板倉づくりや古民家は、木造建築の世界では伝統(的な)構法(による)建築物と位置づけられていますが、文脈によって使い分けられることの多い「伝統」構法や「伝統的な」構法には、それぞれ明確な共通の定義はないように思います。
例えば、社寺建築は伝統建築である、構造架構(骨組み・軸組み)に金物を使っていなければ伝統建築であるが、多少用いていれば伝統的な建築である、という場合、「伝統」や「伝統的な」という言葉の使い方は時と場合、また人によってバラバラであり、さらに具合が悪いのは、「伝統」という言葉が使われるや否や、そこに感情的なニュアンスが含まれてしまうことです。「伝統」構法はすばらしい、「伝統」建築は地震に弱い、など、根拠や裏付けが不足したまま、各人の持つ印象や正負のイメージによって、相対的に語られてしまう場合が多いように思われます。我々の仕事が「伝統」や「伝統的な」側面を有していると判断されることが多い以上、それらの言葉についていまいちど、この場を借りて、考えてみたいと思います。

伝統(的)構法住宅の振動台実験写真
伝統(的)構法住宅の振動台実験
伝統構法建築物写真
伝統構法建築物
法隆寺金堂(部分:S=1/2)構造実験写真
法隆寺金堂(部分:S=1/2)構造実験

「伝統」という文字は、伝(つた)える+統べる( す)(=個々のものをひとつにする、別々のものをひとつにする意)、と書きます。広辞苑には「伝統」とは、系統をうけ伝えること、またうけ伝えた系統、とあります。木造建築に即していえば、いつの時代からうけ伝えられてきたものを、また具体的にどんな系統の建物を伝統建築と呼べばよいのでしょうか。また、系統とは数多くある(あった)もの、時代とともに微妙に変化してゆく(きた)ものと考えることができるので、現在から未来への時間軸を加えると、いまあるものだけが「伝統」なのではなく、これから変化、誕生し、うけ伝えられてゆく「伝統」もあるということができると考えます。
木造建築の歴史は、ある建物が建てられた時代の、木材資源の状況、製材・加工技術の度合い、道具の発達段階、経済状態や政策、ある地域の生活文化や材料、身分制度、交易の度合いなど、様々な要因に影響を受けながら今日に至っています。望むと望まざるとにかかわらず、つまり木材や木造にとって最適かどうかは別にして、木造建築は今日の姿になったといえるかもしれません。その意味で、昔からのやり方だからといって、その出所由来を問わずに盲目的に実行してしまうことは、うけ伝える態度として望ましいとはいえないように思います。これまでうけ伝えられてきた種々の事柄について、その意味や背景を考え、現代における解釈を行ったうえでうけ伝えてゆくことが重要ではないか、と思います。
「伝統的」という言葉が使われるのは、「伝統」ほど由緒正しくない、そこまで徹底しきれていない、という意味合いの場合と、一方「伝統」の良さを踏まえながらもある距離を置こうとする場合の両方に分かれる印象があります。前者には「伝統」至上主義的な方向性が、後者には「伝統」のある部分を否定的にとらえ再解釈しようとする方向性があるのではないかと思います。「伝統」でも「伝統的」でもどちらでもいいんじゃないか、と思われるかもしれませんが、我々は後者の意味での「伝統的」な建築を模索すべきではないかと考えます。

ここで、「伝統」を尊重しながら「伝統的な」態度で木造建築をつくることについて、具体的に考えてみます。尊重すべき「伝統」の筆頭は、生物材料である木材に対する畏れの念と、ながい間木に触れることで培われてきた木材に対する、木材を扱う感覚だと思います。つまり造る側においては、多様な材種があり、かつ同種のなかでも1本ずつが異なり、また狂いやすく腐朽しやすいなどの木材の欠点や性質を熟知し、適材適所に使い分けられる経験知と技術。一方建物などの使い手側においても、木材の多様性を受け入れ、その良さを享受し欠点をカバーする知恵など、長年にわたって木と共存してきた蓄積を受け継いでいくことが大事だと思います。

一部石場建て(振動台実験)写真
一部石場建て(振動台実験)
基礎+土台+長さの揃った柱写真
基礎+土台+長さの揃った柱
江戸後期の民家:土台あり、基礎なし写真
江戸後期の民家:土台あり、基礎なし

 他方、「伝統的な」態度とは、理想的には昔ながらの視点と現在の眼を併せ持つことです。 例えば土台をコンクリートの基礎に緊結すること、と今の建築基準法にありますが、土台の歴史は比較的新しく、地面に据えた礎石の上に直接柱を乗せる石場建て、その昔は土中に直接柱を埋める掘立柱が行われていました。この変遷の理由として、水平に土台を据えることで柱の長さをそろえ施工性と施工精度を向上させる、土台を地面の湿気から遠ざけることで木材の腐朽を防止する、土台と基礎を緊結することで耐震性を高める、などが考えられます。
 それに対し、法の規定にあるとはいえ、石場建てなどの免震効果?を期待する伝統論者のなかには、土台と基礎を固定することに否定的な見解があり、反対に、礎石と木材の間の摩擦係数を考えると大地震時にも建物は移動せず、免震効果に期待するのは現実的でないという研究者もおりますが、両者の間での前向きな議論はほとんどないように思われます。
したがって、昔ながらのやり方がすべて良いということも、最低限のレベルを規定する法律がいつも正しいということもないという、両者の仲介役としての立場が、今こそ求められているのではないでしょうか。

 「伝統的な」立場で仕事を行っていると、いわゆる伝統構法における長所と短所が両方見えてきます。構造的な側面で言えば、貫や土壁、板壁など伝統構法の長所は、変形性能に優れ粘り強いことですが、逆に言うと中地震でも壁に亀裂が入る恐れがあるということになりかねません。また、以前平屋の草葺きで軒が深かった民家では当たり前の、外部に柱の露出する美しい真壁づくりも、現在の2階建てに適用すると雨漏りの原因になりやすく、断熱性能の確保が難しいなど、伝統と現代の両立には難しい課題が数多くあります。
簡単ではないと思いますが、それらのひとつひとつに、何らかの我々なりの答えを見出していくことを目標にして、仕事に取り組みたいと思います。そのためには、ものや技術、ひとに直に触れていくなかで、生きた伝統のエッセンスについて学び、今の時代に生かしてゆくことが重要であると思っています。

追い掛け継ぎの曲げ試験写真
追い掛け継ぎの曲げ試験
同左 破壊状況写真
同左 破壊状況
隅角部の破壊試験写真
隅角部の破壊試験

【写真はすべて筆者が撮影したものですが、試験等の撮影場所や、実施主体は様々であることをお断りしておきます。】

このページの最初に戻る